「最後までボールを見て」
バッティングで空振りをした子どもに
よく使われる言葉です。
しかし、子どもが
ボールを見ようとしているのに
バットへ当たらないことがあります。
これは
集中していないからとは限りません。
バッティングで必要なのは
目だけでボールを追い続けることではなく
目・頭・身体の動きを合わせながら
ボールの到達位置と
タイミングを予測することです。
ボールを見ていることと
ボールに合わせて
身体を動かせることは同じではありません。
目だけでボールを追っているわけではない🙅♂️

私たちが動くものを見るときは
眼球だけが動いているわけではありません。
眼球の動きと
頭の動きを組み合わせることで
視線の方向を変えています。
つまり、頭は動かさず
目だけで最後までボールを追うことが
実際の打撃における
唯一の見方ではありません。
むしろ、速いボールを打つ場面では
頭の動きも視線を運ぶ役割を担っています。
「頭を動かすな」と
強く意識させることで
本来必要な視線の移動まで
制限してしまう可能性があります。
最後までボールを見続けるのは難しい💦

ボールは、打者へ近づくほど
視野の中を移動する速さが大きくなります。
そのため、速いボールを
リリースからインパクトまで
常に視線の中心で
捉え続けることは簡単ではありません。
実戦に近い状況で
プロ野球選手6人を測定した研究では
全員がインパクトの
およそ80〜220ミリ秒前に
実際のボールより
先の予測地点へ視線を移す
「予測性サッカード」を行っていました。
サッカードとは、視線をある場所から
別の場所へ素早く移す眼球運動です。
この結果からも、優れた打者が
ボールそのものを最後まで切れ目なく
見続けているとは
限らないことが分かります。
途中まで得た情報から軌道を予測し
ボールが来ると考えた場所へ
先に視線を移している場合があります。
打者は「見てから動く」だけではない🙅♂️

バッティングでは
・ボールを見る
・コースを判断する
・身体を動かす
この三つが完全に
分かれているわけではありません。
目と頭の動きは、股関節付近の回転や
スイング動作とも時間的に連動しています。
つまり、視線は身体から
独立して動いているのではありません。
打者はボールを
見ながら身体を動かし
身体を動かしながら
次に見る場所を変えています。
視線とスイングは
別々の動作ではなく
一つの動きとして組み合わされています。
頭を固定すればよいわけではない🙌

頭が大きく上下したり
早く投手から外れたりすると
ボールを
捉えにくくなることは考えられます。
しかし、頭を完全に固定することが
正解というわけでもありません。
見るべきなのは
頭が動いたかどうかだけではありません。
・ボールの軌道に合わせて頭が動いているのか
・身体の回転によって視線が早く外れているのか
・頭と目が協調しているのか
同じ「頭が動く」という現象でも
その意味は異なります。
視線が合っても、バットが合うとは限らない🙌

ボールを見る能力が高ければ
必ず打てるわけではありません。
バッティングでは
ボールの情報を得たあとに
- 到達する場所を予測する
- 到達する時間を予測する
- スイングを開始する
- バットの軌道を調整する
- 適切な時間と場所へバットを運ぶ
という処理が必要です。
視覚や視覚運動機能の一部と
打撃成績との関連を調べた研究はありますが
打撃は視覚だけで
決まる能力ではありません。
目でボールを捉えていても
身体の動き出しが遅れれば間に合いません。
タイミングが合っていても
身体の回転とバットの軌道が
ずれれば芯には当たりません。
「見えている」と「打てる」の間には
予測と身体操作があります。
子どもを「見ていない」と決めつけない🙅♂️

子どもが空振りをすると
「ボールから目を離した」
「集中していない」
「最後まで見ていない」
と判断してしまいがちです。
しかし、外から見ただけでは
子どもの視線がどこに向いていたのかを
正確に判断することはできません。
それでも、少なくとも
「目だけで最後まで追えば打てる」
「頭は一切動かさないほうがよい」
と単純には言い切れないことが分かります。
大切なのは、目だけを見るのではなく
ボールの情報をどのように予測し
頭と身体の動きに
つなげているかを見ることです。
「最後まで見て」という一言で終わらせず
視線・頭・身体を一つの動作として考える。
それが、子どもが打てない本当の理由を
見つけるための第一歩になります。

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